受講生の作品
受講生の作品
ポストに入っていたのは、小学校の同窓会の案内ハガキだった。手に取って眺めるうちに、ふと、あの日の記憶が鮮明に蘇って来た。
「優斗(ゆうと)、お前も一緒に探し物を手伝え。特別に仲間に入れてやる」
放課後、六年生のボスである啓(けい)が僕に言った。内気でグズで、いじめの対象でしか無かった僕を誘ったのは、単に手が欲しかっただけなのだろうが、正直言うと嬉しかった。
「何を探すの?」
「アルビノの鴉(からす)だ。今朝見つけて石を投げたら地蔵の裏の森に落ちたんだ。朝は時間無かったからこれから探しに行く。生きてても死んでても、見つけたらすぐ俺に差し出せ」
高圧的に言い、啓は他の仲間と校門を飛び出して行った。けれど後を追う僕の胸の中は、その説明で急激に冷えて行った。
白皮症であるアルビノの獣を狩るゲームに嵌(はま)ってから、啓がずっとリアルでもアルビノの獣を探している事は僕も知っていた。あの森で白い鴉を見たという噂を聞いて、心配していたが、見つかってしまうなんて……。
啓の後を追い、通学路沿いの森の入り口まで行ったものの、うまく体が動かなかった。
「お手柄立てたら、もういじめられなくなるかもな優斗。ほらほらさっさと行って探せ」
啓といつもつるんでいる健治と純一が、僕を追い抜きざまに、笑いながらドンと叩いた。
馬鹿にされたような腹立たしさと、本当にそうなったらどんなに楽だろうと思う気持ちが混ざり合う。
バキバキと枯れ枝を踏む音と、啓たちの興奮した声が聞こえてくる。僕ももう深く考えることをやめ、枝を払いながら分け入った。
きっと白鴉(しろがらす)はもう飛び去ったに違いない。啓の徒労に終わるんだ。そして僕はまた役立たずのグズな優斗として日々を送る。そんなことを思いながら茂った低木の脇を抜けた時だった。僕の目は白いそれを捉えてしまった。
地面にうずくまりながらも首をすっくともたげ、神経を研ぎ澄ませてこちらを見据えている鴉。アルビノ特有の赤い目はあまりにも美しく、同時に怖ろしく、僕を動けなく
した。
白鴉はツタに首や足を絡ませて飛べなくなっている様子だった。僕から逃げようと一度羽ばたいたが、すぐにあきらめた。落とされた時に羽根を痛めたのかもしれない。
ここで逃がしてやるのが最善だと分かっていた。けれども、その行動に移せない。威嚇して来る鴉への恐怖か、それとも――。
「どうした優斗。見つけたのか?」
突如、後ろから啓の声がした。僕は振り返り、とっさに頷いてしまった。
「よし!」啓が僕を突き飛ばすように突進し、動けない白鴉に覆いかぶさる。僕は自分への憤りで、眩暈がした。
「痛っ。暴れるな! おい皆、手を貸せっ」
啓は鴉の猛反撃を食らい、仲間を呼んだが、臆病な連中は手を出すこともできずにいた。
啓に足を掴まれたまま、翼を大きく羽ばたかせた鴉は必死に生きようとしていた。助けなければ。分かっているのに体が動かない。
次の瞬間、ツタと啓の手をするりと抜けた鴉は、そのまま一気に舞い上がった。白い翼は西日で金に輝き、息を飲むほど美しい。唖然とする僕らを残して、鴉は木々の隙間を抜け、あっという間に視界から消えてしまった。
よかった。翼は傷んでなかったんだ。鼻の奥がじんと痛み、目頭が熱くなった。けれど分かっていた。この涙は鴉が助かったからじゃない。自分自身の打算的行為に、後で後悔しなくて済んだ安堵なのだ。鴉が逃げてくれなければ、僕はきっとその罪に苛まれた。
「お前らが手を貸さないからだぞ!」
啓はそばに居た純一らに掴みかからんばかりの勢いで怒鳴り散らした。自分の無様な失態を見られた悔しさもあったのだろう。
僕はそれを眺めながら、次第に冷静になっていった。自分はこんなみっともない奴に取り入ろうとしていたのか。
「失敗なんかじゃないよ」静かに言ってみた。
「は? 何がだよ」
「あの鴉の目は確か黒かった。あれはアルビノじゃなくて白変種の鴉だよ。捕まえても意味ない。それが分かってて逃がしたんだよね」
僕の言葉に、しばらく固まっていた啓は、大きく頷いた。
「そうだ。意味ないもんな」
自分の名誉が保たれたと思ったのか。その場はそれで収まり、そしてそれ以降、啓が僕をいじめてくることは無かった。
あの日の事は十五年経った今でも、ふとしたきっかけで思い出してしまう。良い思い出でもなく、けれど辛いだけの思い出でもなく。ただ、あの時の鴉の美しさが胸に沁みるのだ。
「同窓会なのね。久々に田舎に帰ってみる?」
居間に戻ると妻が、葉書に気づいて言った。
「いや、いいよ」
僕は返信面の、欠席の文字に丸をした。
「どうして?」
「恩人の白い鴉には、会えそうもないから」