受講生の作品
受講生の作品
「さあ、いよいよ最終決戦が行われます!」
給食当番の高野が、派手に盛り上げる。
余ったデザートの争奪戦は、すべてを食べ終えてから行う。人気があるときは二班に分かれて食べる前にクジを引き、選ばれた二人は食後に最後の戦い、ジャンケン対決に挑む。それがこのクラスのルール。
本日、なんとプリンが登場した。余りは一つ。ほぼ全員が参加し、私は運良く勝ち残る。
だけど。私はぎゅっと拳を握りしめた。
相手は羽田結。何度かジャンケンをしたが、勝てた事は一度もない。彼女はいつも落ち着いていた。何学年か上に見える姿、憧れる。
最終決戦。教卓の前へ行き、無表情で待つ結を目の前にした私は、勢いよく頭を下げた。
「本川恵海、〝おねがい〟を使います!」
〝おねがい〟は嫌われる。時間がかかるし、場に変な空気が残りやすい。変な空気は苦手だ。それでも私は、〝おねがい〟を使った。
「結ちゃん、プリン、ゆずってください!」
「どうして?」
あの事を言えばいい……喉元まで来た言葉はしかし、すごすごと引き返してしまった。
「どうしてもほしいの、おねがい!」
なんだそれー。外野がうるさい。せめて大好きだからとでも言えば良かった。うつむく私の頭上から、静かな声が降ってくる。
「わかった。恵海ちゃんにプリンゆずります」
なんだそれー! あっさりとした決着に、外野が更にわめき出す。なぜか担任山下の声も混じっている。先生としてどうなのか。いや、今はそんな事どうでも良い。
「宇宙一やさしい結ちゃん、ありがとう! プリンの恩、絶対に返すからね!」
涙目で結の手を握る。「大げさだよ」と照れた結の笑顔が、同い年なんだなと感じさせて、妙に嬉しくなった。
「プリンの恩を返しに来た」
中学卒業が近い日の放課後。結の教室を訪れた私は彼女へ近づき、前置きなく言い放つ。
三年間、ほぼ結と絡みがなかった。高校は別々。小学生時代の恩を返せる機会は残りわずか。直球を投げ込むしかないと決意した。
自席に座った結は、大きな目を瞬かせる。
「……プリンゆずったの、忘れたと思ってた」
「大恩は忘れないよ。高い物は買えないけど、私に出来る恩返し、何かある?」
恩返し。つぶやいた結は思案の視線を教卓へ向けた後、兎に似た顔を上げ私を見つめた。
「プリンの恩だし。恩返しはそれで」
「それって? プリン?」
おいしいプリンが食べたいのだろうか。
「プリン、あげた相手に喜んでもらえた?」
口をあんぐり開けてしまった。話したはずないのに。結は穏やかに続ける。
「食べたいじゃなくて、ほしいって言ってたし。崩れないよう大事に持って帰ってたから。気になってたんだ、プリンの行方と結末」
しっかり観察されていた。さすが羽田結。
今なら話しても良いかな。私は尖り気味の顎をつまみ、あの頃を想った。
「弟の陸が入院しててさ。陸の好きなプリン、持って行きたくって」
私は語る。話す事が上手ではないから、つかえたり言葉を繰り返したりしてしまった。
陸は小学校に上がる前、手術が必要な病に罹った。お見舞いしか出来ず、不甲斐ない姉の私。ちょっとでも陸を元気にしたかった。
〝おねがい〟を使う理由として言えば、たぶんクラス中が納得してくれただろう。
でも、嫌だった。
陸の手術がとても不安だったのだ。学校の誰かに、陸について話題を向けられたくなかった。気持ちを抑えて気丈に話す自信なんてない。抱えた不安に耐えることで精一杯。
食事制限されていたのに、内緒で渡したプリン。陸はこっそり一口食べ、吐き出した。たちまち医者に見つかり、私はすぐ自首した。
「めちゃくちゃ怒られたなぁ。良い思い出って結果になって良かったよ、ホント」
陸は今でも時々、「あのプリンの味と舌の感触、忘れらんない」と無邪気に笑う。
静かに聞き終えた結は、綺麗な伸びをした。
「良い話を聞かせてくれてありがとう。恩返し、ちゃんともらったから」
「いや、話だけでは恩返しにならないでしょ。鶴だってハタ、織ったわけだし」
「恩返しとして十分な話だったよ。もらった側が満足してるから。押しつけの恩返しは面倒くさいだけ。というわけで、おしまい。陸くんとずっと元気でいてね、本川さん」
相変わらずの年上っぽさを爽やかに振りまいた結は、不意に手を打ち合わせた。
「ついでに一言。ジャンケン、思いきり拳を握った後はチョキ出す癖、直した方が良いよ」
「えー!? 勝負所で弱いわけだ。……ありがとう、名探偵結ちゃん。また恩が出来ちゃった」
結は同い年を感じさせる笑顔を浮かべた。
「チョキの恩は、返さなくて良いからね」