受講生の作品
受講生の作品
僕はアルバムです。
何の飾りもないシンプルなアルバムで、商店街の古い文房具屋にいました。事務用品の棚にひとりぼっちで、そう僕は売れ残っていたのです。
あの頃は寂しくて、アルバムとして生まれたのに、僕の中には1枚の写真もありませんでした。空っぽで誰からも忘れられているみたいで、窓から行き交う人をボンヤリと眺めていました。
ところが、ある日の事です。
若い夫婦がやってきて僕を手に取ったかと思うと「これください」と店のおじさんに声をかけました。おじさんは僕を袋に入れて「毎度ありぃ」って奥さんに手渡したのです。
とても驚いてドキドキしました。
袋の中で揺れながら空っぽだった僕に、どんな写真が貼られるのか、どんな思い出を守るのか、期待で胸がいっぱいになったことを覚えています。
家について奥さんは、ソファに座り珈琲を飲みながら僕を袋から出して、何度もページをめくっていました。そして、テーブルに写真を並べると迷うことなく次々と貼っていったのです。
そこには、酔っぱらって寝ているご主人の写真や間抜け顔のペットの犬、なかにはピンボケまであり、日常のひとコマを撮った写真ばかりです。
僕はシアワセでした。
穏やかで、ぽかぽかした温かい生活の一瞬たちを大切に守っていこうと思いました。
満足感でいっぱいだったのですが、この家には、そんな僕の事をいつもバカにしてあざ笑う奴がいます。
それは、結婚式の記念アルバムです。
立派な皮の表紙で、真ん中に金色の文字で「寿」と書かれてあります。そいつは、僕のボール紙の表紙や粗末なつくりをバカにして、大切に守っている写真たちの事まで笑うのです。
「ははは! なんだ、お前はちっぽけなアルバムだなぁ。それにお前の中にある写真は、くだらない日常ばかりじゃないか。俺さまを見ろ。特別な日の写真たちなんだぜ。ドレスを着た奥さんは、素晴らしいじゃないか。そうさ、俺さまは素晴らしいのさ! 」
皮のアルバムは、金色の寿を光らせながら、自慢ばかりしていました。
ほんと、いやな奴です。
威張り散らしているあいつの声を聞きながら僕はいつもそっと、二人の日常を抱きしめていたのです。
それから何年か経ちました。
最近、奥さんはひとりで泣いている事があります。ご主人と言い争いになる事も少なくありません。
そして、悲しい出来事が起こりました。二人が大喧嘩をしたのです。
奥さんは小さなバッグと犬を連れて出て行きました。
あれから、何日も帰ってきていません。
僕はいつも楽しそうにページをめくって笑う奥さんが好きでした。
今、僕が守る二人の日常をどう思っているのかを考えると、苦しくて不安でたまらない気持ちになりました。
相変わらずあいつは、俺さまは特別だ! と威張っています。
そんなある日の事です。
ご主人が留守の時に奥さんが突然、帰って来きました。
タンスや引き出しの中をごそごそしていて、どうやら自分の荷物を整理している様子でした。何かに取りつかれた様に、必要な物は持ってきた大きな旅行カバンに、いらない物はゴミ袋にと分けています。
「捨てられるかも知れない」と思いました。なぜなら、僕の中には普通の暮らし、平凡な日常しかないのですから。
奥さんが僕のところに近づいて来ます。僕は怖くて体が
カタカタ震えました。
奥さんは僕を手に取ると……
ページをめくって、写真を指でなぞったり、撫でたりしていましたが急に、何枚かの写真をビリビリと剥がして、ごみ袋の中に入れました。
恐る恐る見ると、捨てられたのはご主人の写真でした。
そして、僕は旅行カバンに入れられたのです。
片付けが終わって、奥さんが立ち上がった時に、ゴミ袋の中からチラッと金色の寿の字が光って見えました。