受講生の作品

心斎橋大学 修了制作作品2013年度 最優秀賞

皆笹 麻希江
大学院、創作・小説コース
23期生(2009年度)
性別:女性

成れの果て

逃げる羽目(はめ)になった。俺は自分の車を乗り捨て、京都駅からバスに乗った。高雄(たかお)をこえたあたりで雨がみぞれに変わった。さらに北へ周山(しゅうさん)街道を上る。終着駅の周山では、乗り継ぎバスがエンジンを掛けて待っていた。

右手首のロレックスに目をやると、全ての針が丁度ま上で重なるところだった。

乗り換えに町営バスの固い座席に腰をおろし、俺は大丈夫だ、と何度も自分に言い聞かせた。俺は被害者だ。何も知らなかった。知らずに売っていた。いや、本当は勘付いていた。でも典座(てんぞ)の坊主が持ち込んできたものだ。需要もあったし、人を幸せな気分にさせた。

それが何故いけない。大麻取締法なんて、戦後GHQが押し付けたものではないか。自分を正当化する思いが湧いてくる。不意に発車のブザーが鳴った。びくりと反応する自分の臆病さに嫌な気がした。

(くもがくれ、れこーど、どあのぶ、ぶたばこ……あっちゃあ)

気を紛らわせようと心の中で尻(しり)とりを始めたが、墓穴を掘ったような気分で情けない。うつむいたまま、ひとつ長く息を吐くと、握った拳(こぶし)で額(ひたい)を細かく叩いた。

二十三年前、まだ大学生だった俺に長男が生まれた。当時、創業五十周年を迎えた帯屋の父に勘当を言い渡された。俺は妻と子供を連れて、福井県との県境にある母の実家(さと)を頼った。緑の妖精が居そうな山々に囲まれた村は、子育てに最適な環境だと妻は喜んだ。

長老と呼ばれていた祖父の口利きもあり、俺は大工や造園の手伝いや車を持たない老人の足になるなど便利屋みたいな存在になった。謝礼には、現金と別に必ず野菜が添えられた。出荷する野菜ではなく家族で食べる野菜だ。それは出荷用とは別の畑で、農薬散布をせず牛ふんや鶏ふん、堆肥などの有機肥料を使って栽培するという。

俺は、この爺さん婆さんが作る野菜に惚(ほ)れた。いや惚れ込んだ。商売の為ではなく、自分や家族の為に心を込めて作るのがいい。種子(たね)を播くときの気持ちで味が変わるといっても過言ではない。この美味い野菜を都会(まち)に運ぶ。そう決めた。俺は毎朝、軽トラックいっぱいに不揃いな根菜類や果菜類、虫食いのある葉菜類など愛の詰まった野菜を積んで引き売りに出た。最初は近所から集めていたが、噂が広まり集荷のテリトリーが広がった。それから卵やこんにゃく、漬物に味噌と田舎のおばあちゃん製の商品も増えていった。

正真正銘の朝採り野菜は、評判が良く飛ぶように売れた。

引き売りを初めて一年が経った頃、草喰(そうじき)で名を馳せた料理屋の勧めで店を構えた。ログハウスのお洒落な店は、テレビや雑誌に取り上げられ、若手の料理人や寺の典座を務める僧など客がこぞった。

俺は全ての社会問題は食(しょく)が変われば解決する、愛のある食べ物を口にすることが世直しに通じるという哲学を持った。

やって来る客に「愛は足りてるか」と語りかけ、人を相手にするより天を相手にせよ、それですべて上手くいく、とボブ・マーリーの言葉を伝えた。

そんなある日、栂尾(とがのお)にある寺の坊主が山で作る天然ハーブを扱ってくれと持ち掛けた。人を幸せにする愛のハーブだから扱えるのはこの店しかないのだ、と説き伏せられた。そして坊主は「神の草を下さい」と所望した客だけに売るよう念を押した。そのうち、そのハーブを練り込んだクッキーやパンまで持ち込んだ。俺はそのクッキーを食べ、座禅や瞑想で得られるという日常を超えた意識、宇宙との一体感を感じ、幸福感を味わった。

いつの間にか、店には風変わりな人種が集い始めた。首に蛇のタトゥを入れたラッパーに、滝行で魂を清めて作品を創るという陶芸家、伝統工芸和紙の漉(す)き師など、人間が唯一作ることができるものは、イメージだけだ、と言い切る連中ばかりだった。俺も調子に乗って、物質文明よりも目に見えない世界こそが重要だと口にした。彼らは八百屋のおっさん、つまり俺をリスペクトした。

妻と子供は、ついていけない、と俺の元を去った。

宴は突然幕を閉じた。今朝あのラッパーがしょっ引かれ、神の草を栽培していた山も警察の手に落ちた。田舎の人達は都会(まち)から来る商売人に、前日の朝採り野菜を出荷し、少しでも収穫を上げようと除草剤を撒いていた。

いくつかのカーブを折れたところで、バスは行く手をパトカーに阻まれた。制服姿の警察官が、俯く俺に名前を呼び掛けながら左の肩を三度叩いた。それでも身じろぎしない俺の右肩を、もう一人の警察官が二度叩く。それが交互に続けられた。

俺は叩かれるリズムに合わせて、心の中で「なれの、はて」と呟いた。

作品種類
作詞修了作品コンクール
公募受賞作品
修了制作 最優秀賞受賞作品
作品ジャンル
作詞
ノンフィクション
小説
エッセイ
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