受講生の作品
受講生の作品
この作品は、心斎橋大学のラジオドラマコンクールで選出され、2019年4月19日(金)ラジオ大阪にて放送されました。作品募集においての設定は、こちらをご確認下さい。
【登場人物】
倉嶋翔平(20)
中村 進(76)
手塚春香(50)進の娘
手塚拓海(25)晴香の子 進の孫
SE 自転車のブレーキ音
猫の鳴き声
翔平「おーっと、ミルク! 飛び出しちゃ危ないじゃないか」
SE 猫の鳴き声
翔平「ほら、家に帰るぞ。え? そっちは反対の道だよ。今日は一体どうしたんだ」
翔平(N)「初夏の蒸し暑い夕方、大学からの帰り道に、僕は飼い猫のミルクに導かれ、うねうねとした道を歩いて行く。すると古い一軒家に辿り着いた」
翔平「ミルク、行くぞ。知らない家なんだから。ほら。もう頑固だな」
中村「(家の中から)ゴホゴホ、ゴホゴホ」
翔平「ミルク! 勝手に人の庭に入るんじゃない。あぁ、どうしよう」
中村「(家の中から)ゴホゴホ、ゴホゴホ」
SE 猫の鳴き声 遠ざかる
翔平「ミルク、出ておいでー」
SE 網戸の開く音
中村「あぁ、タマか。ゴホゴホ」
SE 猫の鳴き声
中村「最近、公園に行けなくてすまないな。そうだ、おやつをやろうか」
SE 砂利を踏んだ音
中村「誰だ、そこにいるのは?」
翔平「す、すみません。うちの猫がお邪魔しているようで」
中村「あぁ、タマの飼い主か」
翔平「タマ? あー、タマ……ね」
中村「(激しく咳込む)ゴホゴホゴホ」
翔平「大丈夫ですか?」
中村「寝てたら治まるんだけれどなあ」
翔平(N)「ひょんなことから、僕はこのおじいさんと知り合いになった。おじいさんは、中村進さんといい、七十代半ばで一人暮らし。二十年前奥さんに先立たれたらしい。公園でミルクにおやつをくれていた」
中村「この猫はどうしたんだい?」
翔平「えっと……二、三年前、うちの庭にふらっとやって来て、テラスの箱の中に居着いちゃったんです」
中村「そうか、きままな奴だなあ。名前は?」
翔平「ミルクといいます。毛並みが薄い茶色でボワッとしてて、ミルクティーみたいだからって、妹が名付けたんです」
SE 猫の鳴き声
中村「なるほど、粋な名前……(激しく咳込む)ゴホゴホゴホ」
翔平「中村さん、お身体大丈夫なんですか?」
中村「いやあ、もうね。ゴホゴホ。私は……あと三ヶ月で……ゴホゴホ」
翔平「え? あと三ヶ月? 余命三ヶ月?」
中村「……うーん、まあ、そうなんだ」
翔平「すみません……なんか、すみません」
中村「……いや、別に……」
翔平「何か僕にできること、ありますか? お手伝いすること、ありますか?」
中村「そんな、気を遣ってもらわなくても」
翔平「ミルクがお世話になっているお礼です」
中村「……そうだな、妻の作ったハンバーグがもう一度食べたいなあ……死ぬ前にもう一度だけ」
翔平「分かりました!」
翔平(N)「次の日から、僕は中村さんの家でハンバーグを作ることにした」
SE 包丁で玉葱を切る音
中村「良い手つきだねえ。翔平君は家で料理するのかい?」
翔平「はい、うちは両親が共働きだから、兄貴と交代で。逆に妹の方が全然ダメなんです」
中村「うちの娘は妻と一緒によく料理していたなあ」
翔平「娘さん、今は?」
中村「徒歩五分」
翔平「え?」
中村「徒歩五分のところに、旦那と成人した孫と住んでいる」
翔平「へえ、それなら頻繁に遊びに来る……」
中村「妻が死んだ二十年前から一度も会っとらん」
翔平「二十年間、一度も?」
中村「私が仕事ばかりで妻をほったらかしにしていたのが、いけなかったらしい。娘はきっと私のことを恨んでいるだろう」
翔平「……そうですか」
SE ハンバーグのジュッと焼ける音
中村「肉の焼ける良い匂いだ。旨そうだな」
翔平「倉嶋家自慢のハンバーグでございます」
SE フォークとナイフを皿に置く音
中村「美味い……が、これは妻の味とは違う」
翔平「え? そんな……」
中村「これじゃないんだ」
SE ハンバーグの焼ける音に――
翔平(N)「それから毎日、僕はハンバーグを作り続けた。中村さんが最後に食べたいという奥さんの味に近づくために、ネットでレシピを検索しては、試してみる。だが、これという物ができずに一ヶ月が経った。残された時間はあと二ヶ月だ」
翔平「なあ、ミルク。郷に入っては郷に従えっていうじゃないか。きっと、この家の中に奥さんの味のヒントがあるはず」
SE 猫の鳴き声
翔平(N)「そんなわけで僕は中村さんの許可をもらって、この家の中を探すことにした」
SE 引出しを開ける音
翔平「引出しには手掛かりなしか……こっちの本棚はどうかな?」
SE 本棚の本を取り出す音
翔平「何だ、この古いノート。『献立帳』? あったぞ! あった。わあ、すごい埃」
SE 埃を払う音
翔平(N)「奥さんが書かれたノートには、ハンバーグのレシピが載っていた。玉ねぎを炒める時は、アルミ鍋を使って焦げ色に少しずつ水を加え、玉葱を擦り取ること。より肉汁が増すように挽肉に牛脂を加えること。これらが美味しくするコツらしい」
SE ハンバーグのジュッと焼ける音
翔平「今度こそ、中村家ご自慢のハンバーグができますよ」
中村「楽しみだなあ」
SE 玄関チャイムの音
中村「こんな時間に誰だ?」
SE 鍵を開ける音、ドアが開く音
中村「あれ、春香、拓海。お前たちどうしたんだ?」
春香「どうしたんじゃないわよ。お父さん、なぜ言ってくれないの? 余命二ヶ月だなんて。翔平君が知らせてくれたのよ」
拓海「じいちゃん、ごめんな。これでも母さん、反省してたんだよ。一年前のこと」
翔平「え? 一年前? 二十年間一度も会ってないんじゃなかったんですか?」
中村「……いや、それは成り行きで、つい」
翔平「もしかして、余命宣告ってのも嘘?」
中村「……あの時、あと三ヶ月で七十七歳、つまり喜寿だなあと言いたかったわけで」
翔平「えー!?」
春香「もう、またホラ吹いて。お父さん!」
SE フォークとナイフを皿に置く音
中村「これこそ妻の味だ。本当に美味い。ありがとう、翔平君」
春香「ホント、お母さんの味だわ。あとでレシピ教えてくれる?」
翔平「そう言っていただいて、僕も努力した甲斐がありました。ありがとうございます」
翔平(MO)「中村さんの嘘に騙されて、少し呆気にとられたけれど、余命三ヶ月は嘘の方がいいよね。腹が立たないかって? なぜかハンバーグができた時の達成感と、みんなが美味しいと食べてくれた嬉しさの方が勝ってしまった。以前、僕は何となくサラリーマンになるのかな、なんて思っていたけど、人のために役に立つ仕事もいいかなと、最近思い始めている。そして、人って、ちょっとしたことで変われるのだと、自分でも驚いているところなんだ」
(了)