受講生の作品

作品集「炎心」コンクール 2018年度 フィクション部門 最優秀賞受賞

片山吉啓 さん
大学院
27期生(2013年度)
年齢:40代 性別:男性

マンマミーア!

 海外ブランドとの打ち合わせを終えた私は、日本行きの搭乗手続きを済ませようと、イタリアの空港窓口で、長い列に並んでいた。

 その列は、通行する人を遮るほど伸びて、仕方がなく列を横切る人が何人もいた。日本のように列を蛇行させて、コンパクトにすればいいと思うが、この国なりの独自のルールがあるのだろう。

 しばらく待たされた私は、受付でパスポートを見せてから手持ちのラゲージを預けた。隣には今回の出張に同行した安山がいる。その彼が、服のポケットを探ると焦り始めた。

「先輩、パ、パスポートがありません」

 それを聞いた私は、

「またかよ……」と思わずぼやいた。

 安山が鈍いのは以前から知っていたが、この一週間で彼の物忘れの多さには呆れていた。

 ホテルのロビーで荷物を置き忘れること数回、オートロックの部屋にキーを入れっぱなしなのは一度や二度では無かった。あげくの果てに、トイレでしゃがむ時に邪魔になった財布を、ペーパーホルダーの上に置いたまま出てきた彼は、財布を無くしたと大騒ぎした。

 幸いホテル内だったから、善良なイタリア市民の手で荷物も財布も戻ってきたのだが、ここに来てパスポートが無いと言う。

 いい加減にしてくれと思った。すると、ふと何かに気がついた安山は、遠くへ歩いて行こうとする老人を指差した。

「さっき、あの人とぶつかったんです。もしかしたら、掏られたのかも」

 掏り? この列に並んでいるとき、無理に横切ってきたあの老人が、安山とぶつかってよろけるのを、私も確かに見た。そう言えば、誰かの話でイタリアは、掏りが多いと聞いた事がある。まさか、私が戸惑っていると、

「先輩、お願いします」

 子犬のように黒目を潤ませた安山が、泣きそうな顔で急かしてきた。安山はイタリア語ができない。仕方がなく、私は茶色の古びた外套を着た老人の背を追い、彼の小柄な肩に手をやった。

 少し背を丸めていた老人は、ゆっくりと振り向いた。彫りの深い顔の眉間には皺が深く刻まれ、口はへの字に固く閉じていた。白眼は黄ばんで濁っていたが、なぜか瞳に人を見透かすような鋭さがあった。出し抜けに泥棒扱いするのは気が引けたが、後ろに控える安山を指して、単刀直入に切り出した。

「あんた、さっきこの男から掏っただろ?」

 やぶから棒な疑いをかけられた老人は、無言で私達を見据えてきたが、いきなり右手を私達の前に突き出して見せた。

 そして、その手首を左手でつかむと、ポキリと折り曲げて外してしまった。唖然とした私達に、老人は大声で言った。

「こんな手で掏りができると思うか?」

 手首の先が無いつるつるの右腕を、殴るそぶりで振りかざしてきた。その剣幕に圧倒された私達は、返す言葉もなく後ずさりし、彼の背中をそのまま見送った。

 老人が怒って去った後、私達は呆然と立ち尽くしていた。旅行では命の次に大事なパスポート。お金が無くても何とかなるが、こればかりはどうしようもない。私の日本に帰ってからのスケジュールは多忙を極めているから、帰国を遅らせる訳にはいかない。

 安山をこのまま放っておいても仕事に問題はないが、言葉ができずに怯えきっている彼を、そのままにしておけなかった。飛行機の出発は、一時間後に迫っていた。

「安山様、安山様、受付までお越し下さい」

 空港内に彼を呼び出す放送が流れた。二人で急いで受付に向かうと、泊まっていたホテルから連絡があったようだ。イタリア語しか通じないので、私が折り返しホテルに連絡すると、ホテルの担当者が言った。

「安山さんのパスポート。お部屋の貸金庫にありましたよ」

 それを聞いた私は、怒りと安堵が爆発して、その場で怒鳴りつけた。彼はひたすら小さくなり謝っていた。幸いホテルから空港は近く、三十分もすれば届けられる事になった。

「先輩、すみませんでした」

「もう、いいよ」

 腹は立ったが、これで帰れる。ちょっとした土産話ができたと思うようにした。

 安山は申し訳なく思ったのか、飲み物でも買ってくると言って売店へ向かった。だが、なぜか慌てふためいて戻ってきた。今度は財布がないという。

「……」

 私は疲れ果て、日本に帰るまで彼とは口をきかないでおこうと思った。

 その帰りの飛行機の中で、私はうたた寝していた。すると、隣に座っていた二人の観光客が、小声で話していた。

「さっきの空港、義手の掏りが出るそうよ」

「私、その人を見たわ。年寄りが右手を外して、日本人に何か怒鳴っていたわよ……」

 

【作品集「炎心」コンクール 2018年度受賞作 講評を読む】

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