受講生の作品

作品集「炎心」コンクール 2020年度 フィクション部門 優秀賞受賞

田中 義晃 さん
大学院
26期生(2012年度)
性別:男性

青空

 列車を降りると俺はトイレに向かった。

 腕時計に目をやりながら一番奥の個室の前に来る。正午ちょうどと同時にドアが開く、俺は入れ替わるように中に入って後ろ手にドアをしめた。

 便座の下、死角になっているところに手を入れ、油紙の包みを取り出し開ける。

 まず、標的の写真とメモを視覚から脳内に焼き付けると細かく破り流す。

 次に、リボルバーをつかむと、シリンダーをスライドさせ、六発の弾丸を装填して戻した。

『やるしかないんだ』

 俺は、手にしている重いかたまりを懐にしまい込み、油紙を破りながら心のなかでつぶやいた。

 レバーをまわし油紙が完全に流れたのを見届けるとドアを開ける。

 手を洗わずに出ていく俺を、サラリーマンふうの男が怪訝な顔で見ていた。

 改札を出て、メモで指示されたホテルへ向かおうとした時、女の甲高い悲鳴が耳をつき、俺は足をとめた。周囲がにわかにざわめき出す。

 拳銃を持っていることをまわりの人間に気づかれたのかと思い、鼓動が早まったが、一瞬後、そんなはずはないと心を落ち着かせた。

 ひとり、またひとり、次々とスマホを天に向け、かまえる。俺はその先を見た。

 駅に隣接しているデパートの屋上に制服の人影が見える。女子高生、いや、中学生かもしれない。

 柵を乗り越えると、一斉に人々がどよめく。群衆が、まるで、ひとつの得体の知れない化け物のように思えた。

『こいつらっ……』

 俺は、内臓器官がせりあがってくるような胸くその悪さを感じた。

『翔ぶのを待ってやがる』

 シャッター音、動画撮影の開始音、必死に文字を打ち込む音、音、音、音……

 瀕死の獲物を前にする飢えた獣のような笑み。ごていねいに電話をかけ、実況しているヤツ。

 天空の人影が右へ左へと、かげろうのように揺らめく。

 数秒とも、何時間とも、永遠ともとれる時が刻まれてゆく。

「飛び降りねぇのかよ」

 誰かの失望の声が聞こえた。

 俺は、そいつの顔面にすべての弾丸をぶちこみたい思いにかられた。ふところに手を入れ、冷たいかたまりを強く握る。

 俺の目の前に、あの日の光景が鮮明によみがえってくる。すべてが、世界が色を失ったあの瞬間が……

 あの日、巡回から交番に戻った俺は、通報を受け、すぐに現場に駆け付けた。

 中学校の屋上、柵の向こう側に立つ少女。

 話をしながら、ゆっくり、ゆっくりと近づく、助けられる、命をつなぎ止められると思った。

 だが、彼女は舞った。俺の伸ばした指先をすり抜けるように。

 ひとりの少女の未来を救えなかった俺は、警察官でいることにたえられなくなり、光さす道からも離れた。

 

 その時、再びどよめきが起こった。

 視線を、また天に向ける。

『飛ぼうとしている』

 少女の揺らめき、まるで、ろうそくの灯りが消えてしまう直前のような、それが、今、まさに跳躍しようとした時、轟音が空をつらぬく。

 天空の人影が静止する。俺は、まるで、自分以外の人間の時が止まってしまったように感じた。

 かかげた右手に力を込め、弾丸を次々と天に向け撃ちこんだ。撃鉄が空の薬きょうを打つ音がし、同時に屋上の少女が後方にへたり込む。

 その時、俺は確かに見た。彼女の後ろに、今度はしっかりと、その命を両手でつかむ俺自身の姿を。

 自分の周りに空間ができているのに気づく。止まっていた時が動き出し、ざわめきが起こり始める。右手を離れた冷たい鋼鉄が地面に落ち、にぶい音を立てた。

 警官がこちらに走ってくるのが見える。

 俺は、空を見上げ笑った。

 色を失ってはいない、その抜けるような青空を。

作品種類
心斎橋大学ラジオシアター放送作
作品集「炎心」コンクール受賞作
作詞修了作品コンクール
公募受賞作品
修了制作 最優秀賞受賞作品
作品ジャンル
脚本(ラジオ)
作詞
ノンフィクション
小説
エッセイ
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