受講生の作品
受講生の作品
自分で言うのもなんだけど、僕は恵まれたやつだと思う。イケメンでスポーツ万能。おまけに親は金持ち。なによりも頭脳明晰。小学生の頃、僕はギフテッドと呼ばれていた。天賦の才を持つギフテッド。なんて僕にふさわしい呼び名だろう。そう思っていた。
父さんのように僕も人を助ける職業に就くべきだ。ギフテッドには自分の能力を社会に役立てる使命がある。
ある日僕は父さんに張り切ってそう言った。褒めてもらえると思っていたのに父さんはこう言っただけ。
「たくさん勉強しろよ」
父さんの目は少しも笑っていなかった。
いま僕は高校二年生で、都内でも有数の進学校に通っている。成績は優秀なほう。でも入学した時は驚いた。高校には本物のギフテッドがいっぱいいたから。やつらは努力を努力と思わないから無敵だ。とてもかなわない。僕は自分がギフテッドなんかじゃないことに嫌でも気付いた。いままでの僕の人生にあったことは、親からもらったものに加えて僕が少しばかり器用だったからにすぎなかった。
それでも僕は自分が恵まれていると思っている。だっておかげで僕は、少しばかり人生をフライングスタートすることができたから。
父さんは知っていたんだな。一度レースが始まったら走るのは一人きりだし、頼れるのは自分だけなんだって。
それから僕は猛勉強の日々を送った。這いつくばって励むしか僕には方法がない。
おかげで最初の一年は常に学年五位以内をキープすることができた。ところが二年生最初の学力テストで僕は八位になった。勉強する時間をさらに増やしたけど次は十二位。
僕はその次のテストに背水の陣の覚悟で臨んだ。もうこれ以上順位を落としたくない。
その日、アーサー王物語からの英訳問題がでた。二週間前に同じ問題をしたばかりなのにどうしても答を思い出すことができない。焦った僕は、とうとうテスト中にターボエンジンを稼働することに決めた。学校では使いたくなかったターボだけど仕方がなかった。
理由はスイッチが少し変なところにあるからだ。それは僕の左の鼻の奥。でもそこを指でぐいっと押すと脳が高速回転を始める。
僕はこのスイッチをある日偶然発見した。夜勉強している時、数学の問題が一問どうしても解けなかった。苛々した僕は思い切り鼻をほじった。そうしたらその後、神からの啓示を受けたように問題がするすると解けた。まあ鼻血は出たけどね。
それ以降僕は深夜一人でこのスイッチを何度も押した。僕の頭は例外なく高速回転したよ。信じられないだろうけど本当の話だ。
だからテスト中にスイッチを押した時もターボはちゃんと入った。脳内エンジンは高速回転、アーサー王が英語で話しかけてきた。僕は夢中でテスト用紙に彼の言葉を書きとった。このテストで僕はとうとう初めて学年首位を取ったんだ。
だけど何かを手に入れると何かを失うらしい。それ以来僕はクラスで「鼻血王」って呼ばれている。恥ずかしいったらありゃしない。
それよりももっとショックなことがあった。
テストの結果がよかったら憧れの笹木さんに告白する、って僕は以前から決めていた。笹木さんも僕のことが好きって女子の噂も聞いたことがあったから勇気をだそうって。
でも僕は今日、笹木さんが二位の塚田と手をつないで下校するのを見てしまったんだ。
「学校で嫌なことでもあったか」
父さんに落ち込んでいることを気付かれてしまった。僕は迷ったけど正直にすべて話すことにした。学校のやつらには相談できないし僕は本当に悩んでいた。なかでも一番の悩みは、これから大事なことがあるたびに僕は鼻血を出し続けなくてはならないかってこと。
父さんはきっと笑うか怒るかするだろうと思ったのに意外にも真面目な表情を見せた。
「俺のターボはダジャレだったな」
呆気にとられている僕に父さんはにやりと笑い「テストで困った時にアメはあめえなあ、とか言うと頭がよく働いた」と言った。
「ええ本当?じゃあ父さんは今でもオペの時に母艦がボッカーンとか言うの?」
「内臓がないぞう、とかね。いや冗談だ。もう今は言わない。必要ないから」
父さんは僕に微笑んだ。優しい目だった。
「お前にはまだ背中を押してくれる何かが必要なんだと父さんは思うよ。自分に自信がついたら自然にターボは要らなくなるさ」
「じゃあ、それまで僕はどうすればいい?」
「鼻血出しとけ。いいじゃないか鼻血くらい」
僕は父さんもかつてターボを使っていたことを知って心底驚いていた。でもやっぱりと思う気持ちの方が強い。親からターボをもらった僕は、間違いなく最高に恵まれたやつだ。