受講生の作品

作品集「炎心」コンクール 2021年度 エッセイ・ノンフィクション部門 奨励賞受賞

馬場 キヌエ さん
大学院
34期生(2020年度)
性別:女性

義援米

 鹿児島県の薩摩地方の農村では、現金収入が無く、集落での見舞や、家で執り行こなわれていた法要、結婚式などの付き合い事には金銭の代わりに「義援米」が使われていた。

 

 私が五歳の頃、戦争は激しく、毎日サイレンが鳴っていて、それでも大人達は戦闘機の騒音を聞きながら田畑に出ていた。

 農家には、農地の広さで供出米が決められていた。周りでは、家族を守るために、米の収穫量を偽る家々が多い中、父は、決められた供出米を馬で農協に運んだ。

 大家族の夕食はいつも麦飯だった。米四合麦六合の米の中から、小さな五勺枡で米をすくい、側の一斗缶に入れた。一ヶ月に一升五合の「義援米」が貯まると祖母は話す。

 それでも白米を食べられる日はあった。全ての収穫が終った日の夕食である。

 大きな羽釜の重たい蓋のすき間から「ブーブー」とこぼれ出る新米のありがたい匂い、家族は風呂を上がり、円卓を囲んで炊き上がりを待った。卯の花の頃に生えた早苗を、日照りの時も田に腰を屈めて田草を取って慈しみ、黄色になって頭を垂れて、刈り取られた米が今、食卓に乗る。農家が一番しあわせを感じる時でもあった。

 夕暮れ時、家の中まで流れ来る野火の切ない匂いは、幼ない私に秋の愁いを教えてくれた。

 沖縄が近かった薩摩地方では、敗戦の噂が飛びかい、中でもアメリカ軍が鹿児島に上陸との話に集落は震え上がった。私は緊張で特病の喘息の発作が起きた。発作が起きると空襲警報のサイレンが鳴っても、私は防空壕には入らなかった。壕に入ると咳き込みが激しく息が出来なくなってもがいた。

 朝から、度々サイレンが鳴った日の午後、「早く山へ避難して下さい。急いで下さい」と、二人の消防団員が、メガホンを口に、くり返し叫びながら、我が家の横の道を走って行った。

 「今度は家にはおられんよ。山に逃げんば。アメリカ軍は人の目を食ぶっとが好きやって。山に避難したくない私を、二女は脅かし、母は私を荷の上に乗せて山に登った。

 山には、農具を入れる大きな横穴が数個あり、家族は奥が芋入れになっている穴に避難した。皆が荷を運び終ると、父は馬を連れて家に帰るらしく、早めの夕食になった。

 横穴は、竹で編んだ円形の扉を閉めると、暗闇になった。ローソクを囲み、無言でむすびを食べる家族の顔が、離れて寝かされた私の目には、見知らぬ人達に見えた。私はむすびを手に、一人芋の匂いの中で眠った。

 空襲警報が解除になって、父が馬を連れて迎えに来たのは四日目の朝だった。

 それから三ヶ月。長かった戦争は終ったが農家でも食糧料不足は深刻になり、中でも疎開者の生活は厳しかった。

 終戦になって収穫期が近くなったある日、夕食が無くなる出来事が起きた。

 翌日に炊く麦が無くなったと母は、精米所へ麦を運び、帰って来ると、いつもより大きい釜で、昼と夕食の麦飯を炊いていた。

 持ち手が付いた半円形の丸籠に、夕食分の麦飯を固く丸く盛り上げて、風通しの良い母屋の軒下に風呂敷に包んで吊した。母は、体調の悪い私に、外に出ないように言い聞かせ急いで山へ行った。すぐ、母が引き返した様な足音に、私は寝返りを打って音を追うと、昨夜も風呂を使いに来た

 知り合いのおばさんが、先程、母が吊るした麦飯の籠を下ろすのが見え、慌てて起き上がったが、籠も人の影も無かった。母が置いて行った焦げむすびはまだ温かいままだった。

 私は不安と動機の中、目覚めては眠りをくり返し夕刻になっていた。

 二女のかん高い声に、騒がしさが聞こえてきて、早く伝へようと焦る私の側に、祖母が硬そうな指を口に当てながら座わって、

「あれはな、ばあちゃんが持って行ってよかと言うたたい。こん事あ、誰れにも言わんでよかよ。姉ちゃん達にも黙っとらんばね」

 それでも私は母に告げたかった。

「そうよ。ばあちゃんが言うとをり。誰れにも話さんごとて言われんかったね」

 と、言った。叱られた気分で布団に戻る私に、二女が珍らしく私の頭を撫でて、

「今夜は銀めしやっど。嬉しかね。義援米で炊く銀めしや。焦げ飯もいっぱい出来でね」

 

 晩秋、何処からともなく漂い来る郷愁の匂い。野火。たちまちに記憶の扉を開けて、私を過去へと帰してくれる匂い。

 「人は生きた様に死ぬっでね。南無阿弥陀仏」祖母の言葉は私の耳に住み「義援米」を炊く若い母が目に映る。ひたすらに働く、生き焼けた笑顔の二人への「鎮魂香」でもある。

 新米の頃、私は今も焦げ飯を炊く。あの頃と変わらぬ香ばしさを、一人懐かしんでいる。

【選 評】

  • 戦禍で食糧難時代の話。方言が効果的で「誰にも言うな」と口止めする祖母の言葉が切なく美しい。我慢を強いられた往時の国民生活が偲ばれ、ラスト2行に救われた心地がする。

 

  • 「義援米」初めて知った言葉だった。「麦ごはん」を食べた記憶もない私。母親が祖父母の暮らす福井県の米農家から白米を分けてもらい、検閲の目を掻い潜って命がけでリュックに詰めて運んでいたと聞いた。
    戦前戦後、国民皆が食料を求めて苦労していたそんな時代の人の善意は心を打つ。〝焦げ飯〟の香ばしい香りが、読み手の鼻を擽った。

 

  • 幼少の頃、郷里で体験した記憶が、「匂い」を中心に五感を駆使した表現で鮮やかに描かれています。過去から現在へとつながるラストも見事です。

 

作品種類
心斎橋大学ラジオシアター放送作
作品集「炎心」コンクール受賞作
作詞修了作品コンクール
公募受賞作品
修了制作 最優秀賞受賞作品
作品ジャンル
作詞
脚本(ラジオ)
ノンフィクション
小説
エッセイ
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