受講生の作品
受講生の作品
ナスを埋めたところから、何故かスイカの芽が出てきた。自分でも何を言うてるのかよくわからん事態を知ったのは、便所の中で見ていたスマホの、ちっさいニュースやった。
「なんじゃこれ、ここ、ナス埋めた空き地やないか」ウォシュレットを止めるのも忘れて、おれは画面に釘付けになった。
縦に二メートル、横に一メートル程のコンクリ製花壇をぶち破って、青々としたツルがひょっこりと顔を出している。
写真には『SNS で話題のド根性スイカ』なんて書かれとる。なにがド根性スイカじゃ。いらんことしよって。これは面倒なことになってしもた。
あのボケナス、こうなるのを分かってて最後にスイカ、頼みよったんか。
「好きなもん言え。買うてきたるわ」薄暗い倉庫の奥で、ナスは銀色のテープです巻きにされとった。というか、おれがそうした。
でかい声出したところで誰かに聞こえるような場所やないから、猿ぐつわは連れてきた時にほどいてあった。
「バラす前に飯なんか食わしたら、掃除がめんどくさいやろ」「空きっ腹で死んだら、次はせいぜい餓鬼がええとこやぞ」「はっ、ワシらみたいな汚れ、来世なんかあるかいボケ」
毒づいたナスは、血で真っ黒なつばを吐き捨てた。ナスはたしか、おれよりもいくらか歳上の掃除屋で、かなりの腕扱きのはずやった。それでも、この仕事で生きとる奴は、なにかのきっかけで急に、終わる。
逃げたか、情でも湧いたか、老いて下手こいたか。理由はそれぞれやけど、どれでも結果は同じことで、別の掃除屋がそいつの影を跡形もなく消すだけやった。
「スイカやな、最後に食いたいのは」
ナスはそう言うと、たっぷりとため息をついた。スイカなんて注文されたのは、初めてのことやった。
おれは殺す前に、必ず食いたいもんを聞く。用意出来るものならなんでも見繕って、食わせてやった。最後の晩餐なんてもんやない。まぁ、俺なりのクセ、いわば手向けやった。
大抵のやつは食欲なんてないから、タバコか酒が一番多かった。その次に甘いもんがくる。やっすい
シュークリームや大福を袋まで舐めて食いよる奴を何人も見てきた。だからおれは甘いもんがあんまり好きやなくなった。
「なんでスイカなんや」「長い尋問やのぉ。ガキの頃よう食うたんや、家で作っとってな。たいして甘ないのに夏になったらオカンが嫌ほど出しよった。塩かけて腹壊すまで食うてな。あの味が、好きやったんや」口の端をつりあげたナスの目が、光ったような気がした。
「……分かった、待っとけ」
「客待たすんやったら、雑誌でも置いとけドアホ」
スイカ半玉を無言で食べるのを見届けたあと、おれはもう一度ナスの手を縛り、透明な注射を一本打った。それで終わった。
ナスは針を刺す直前「悪いな」と呟いた。それが誰に、どういう意味で言ったのかは分からんかった。考えるつもりも、なかった。
テレビで話題になったド根性スイカには人だかりが出来とった。やばいかもしれんとは思ったが、そこには人が埋まってますなんて言えるわけもなく、見守るしかなかった。
ただ、現代人の興味はそんなに長続きなんかせん。案の定、スイカの成長と反比例して野次馬はまばらになった。実をつける頃には、花壇を見ているのはおれと自転車で通り掛かる近所の婆さんだけになっていた。おれは、何故か無性にけったくそが悪かった。
それから、なんの冗談か毎日スイカの世話をするようになっていった。土を敷き直し、水をやり、支柱を立てた。スイカはすくすくと育って、丸く大きくなっていった。婆さんとも、よく話すようになった。
スイカを育てている間、おれは充実していた。人を殺すのに汗ひとつかかんくなったおれが、大汗かいて雑草を抜いてる。婆さんがくれた麦茶を飲んで、総理大臣と国の文句を言うてる。不思議な時間やった。
そろそろあのスイカをどうするか考えなあかんかった。自分で食べるのは、ちょっと気色悪い。かといって、放置して枯らすのも具合が悪い。いっそ婆さんに食わすのは、いかがなもんか。
柄にもなく一人笑って、タバコを消した深夜二時。インターホンが鳴った。
「何か、言いたいことはあるか」
汚い倉庫の片隅、銀色のテープです巻きにされたまま、おれは言う。
「あのド根性スイカが、食いたいわ」