受講生の作品

作品集「炎心」コンクール 2021年度 フィクション部門 奨励賞受賞

田中 義晃 さん
大学院
26期生(2012年度)
性別:男性

虹と竜

 アルコールが入っていたことと、3人であったことも手伝って、わたしたちは未知の世界のドアを開いた。

 店を出た時、課長を見かけたのが始まりだった。大きなカバンを持った彼の姿に、誰からともなく、つけてみようとなったのだ。

 真っ赤な電飾で『ヌード』という文字が点滅している。わたしたちは課長の姿が消えてから数分待って入口への階段を上がる。踊り場には、出演する女性たちの写真が貼られていて、『香盤表(こうばんひょう)』とある。どうやら10日ごとにメンバーが変わるようだ。

 受付で料金を払い、ロビーへ。カウンターがあり、まるで小さなバーのようだ。女性もたくさんいることにわたしたちは顔を見合わせた。

 音楽とアナウンスが流れ始める。開演のようだ。前の女性たちに続いてわたしたちも進む。

 メインステージから花道、円形の舞台がある。何で見たのだろう、映画かドラマかは忘れたけど、作りはその通りだった。だが、ここも、ロビー同様、猥雑な空間ではなかった。掃除が行き届いているのがわかる。

 踊り子の紹介が終わり、アップテンポな曲が流れる。幼さすら感じさせる顔立ちの女性が登場し、拍手が起こり、踊り始める。左右に両肘を突き出し、ステップを踏む。

 2曲目、3曲目とさらに曲のテンポが速くなり、動きのキレもより鋭くなってゆく。

 ステージを駆ける自信に満ちた彼女の表情に、数分前に感じた幼さは一片もなかった。

 想像とまるで違う。適当に踊って裸になるだけでしょ、と言っていたわたしたちは言葉もなくステージを見つめていた。3人とも課長のことなどすっかり忘れていた。

 4曲目、これまでの熱気を冷ますようにスローなナンバー。

 円形の舞台がゆっくりとまわり始め、彼女の素肌があらわになってゆく。やがて、何一つ遮るもののない身体がライトにうかび、ポーズをきめる度(たび)に客席から拍手が起こる。

 そこにあったのは、性的なものではなく、生命の持つ根源的な輝きだった。

 その、はかなさと強さに涙が流れた。

 曲が終わり、秒針の音だけが静寂を刻む。

 これで終演。いや、まだだ、まだ拍手は起こってはいない。

 

 一瞬後、空気が一変した。

 5曲目、これがきっと最後の曲だ。

 ヴォーカルとともに客席の手拍子が始まり、彼女を乗せた盆が数センチ浮いたように感じた。

 ふたつの大きなピンクの羽扇が、前方、後方、斜めとなめらかな円を描く。それは完全に彼女の身体の一部となっていた。汗がライトの光を受け輝く。呼吸で上下する腹筋、スローモーションのように限界まで後ろにその身をそらせる。背中のしなやかな筋肉に汗が玉となって見える。

 瞬きすると過去になる今という一瞬に永遠が宿った。

 千年前も、そして、千年後も、きっとわたしたちは彼女のこの踊りを見ている、そんな気がした。

 ステージを力強く舞うその姿は、孔雀、いや、竜だ。それは、今、まさに天へ昇ろうとしていた。

 その時、虹が流れた。

 

 いや、虹に見えたのは色とりどりのリボンだった。

 踊り子に触れるか触れないかの瞬間に素早く引き戻される。

 ステージの両サイドに人影が立っているのに気付いた。彼らは慣れた手つきで上投げ、横投げ、下投げと、次々に舞台に虹をかける。

 

あっ

 

 わたしたちは同時に声を上げた。課長だった。

 職場での姿とまるで違う。

 そこにはひとりの業師(わざし)がいた。

 大地を蹴った竜は、その身を伸ばし飛翔する。

 いくつもの虹を抜け、天を目指す。

 絶頂の時が訪れ、左右からの虹がクロスする。音楽がやみ、客席が震えた。

 もちろん、わたしたち三人も痛いほど手を叩いた。

【選 評】

  • 最後まで読者をひっぱっていく筆力と、ラストの意外性にも納得しました。

 

  • 読者をうまく説得力をもって裏切っている。ディテールにもっともらしさがある。ラストの意外性が意外性だけにとどまらず、いい着地をしている。
作品種類
心斎橋大学ラジオシアター放送作
作品集「炎心」コンクール受賞作
作詞修了作品コンクール
公募受賞作品
修了制作 最優秀賞受賞作品
作品ジャンル
作詞
脚本(ラジオ)
ノンフィクション
小説
エッセイ
  • 心斎橋大学の一年
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