受講生の作品

心斎橋大学 修了制作作品2017年度 最優秀賞 

村田 智
大学院
27期生(2013年度)
性別:男性

アンダースタディ

 演出の小泉彰信がパイプ椅子を倒す勢いで立ち上がった。

「待って待って待って!」

 小泉の声が道場ぐらいの広さの稽古場に響く。今、小泉の前で芝居をしているのはヒロイン役のアイドル、夢野麻衣と我が劇団『ラピッドファイア』の看板俳優、岸野優治だ。当然周囲の視線は夢野麻衣に向かう。テレビでは何度か主役を張った彼女だが、舞台はこれが初めてだという。小泉の演出は厳しい。実際、私たち劇団員には怒鳴り声と共に灰皿やコーヒーカップが飛んでくることも珍しくない。だが、さすがに客演の、それも大手芸能プロダクションに所属するアイドルにそれはできない。小泉は癖毛の頭をガシガシと掻くと私を呼んだ。

「牧野、麻衣ちゃんのところに入って」

 私はあらかじめ覚えていた麻衣ちゃんの役、オトタチバナヒメの立ち位置に移動する。ヤマトタケルノミコト役の岸野くんも元の場所に戻る。背中に不満そうな麻衣ちゃんの視線を感じたが、彼女に同情して下手に演じるわけにはいかない。小泉の指示で演技をスタートさせる。二人の掛け合いがあった後、私―、いや、オトタチバナはヤマトタケルの腕をすり抜け、泣き笑いの表情を浮かべて首を振り、船の上から海へと身を翻す。

「よーし、そこまで。牧野、麻衣ちゃんに芝居教えといて」

 そう言うと小泉は稽古場を出て行った。外に出て煙草を吸うのだろう。私は水を飲んでいる麻衣ちゃんに近寄った。だが、私を待っていたのは予想外の言葉だった。

「あたし、もう自信ありません。降ります」

「降りるったってゲネプロまであと三日しかないじゃないの」

「あなたがやってください。どうせ、台詞も動きも全部入ってるんでしょ。いいじゃない」

 そう言うと麻衣ちゃんは止めに入ったマネージャーを引きずるように稽古場を出て行ってしまった。結局、戻ってきた小泉がそのいきさつを聞いて激怒し、机を蹴り倒して帰ってしまい、この日の稽古は解散になった。

「仁美さん、チャンスじゃないですか。こんどこそ主役取れますよ」

 暗い夜道を歩きながら、ミヤズヒメ役の鈴原愛梨は興奮したようすで熱弁を振るってくれる。でも

「それはないって」

「えー、だってゲネまであと三日ですよ。今から代役は難しいんじゃないかなぁ」

「三日もあれば森プロで舞台経験ある人なら台詞も演技も全部入っちゃうよ」

「でも仁美さんいつでもアンダースタディじゃないですか。今回だってオオイラツメと掛け持ちだし。お芝居は私よりはるかにうまいのにもったいないですよ」

 首を傾げる美琴にはまだお金の苦労がわかっていないようだ。うちのような小劇団にとって大手のプロダクションが共同出資してくれるのがどれだけありがたいことか。小劇団はどこまでいっても小劇団。例え人気があって小さな小屋をいっぱいにできても、それだけで劇団員は食べていけない。

 美琴と別れて郊外のワンルームマンションに帰り着く。家賃三万円の格安物件だ。見上げると二階の部屋の灯りが点いている。勝手な人だな、と苦笑いがこぼれる。部屋に入るとそこに小泉の姿があった。テーブルの上には潰したビールの缶がいくつか転がっている。

「早かったですね」

「直行したよ。ああいう勝手は我慢ならん」

「こういう勝手はするのに、ですか」

「俺はいいんだよ」

 そう言った小泉は鞄を奪い取ると私の身体を抱きすくめ、キスをした。唇を割って児泉の舌が私の下に絡み付いてくる。ビールの味が苦い。

「お願い、シャワーを」

「俺は構わない」

 苛立っているのだろう。小泉は乱暴に私の着衣を剥ぎ取った。胸を揉みしだき、分厚い手が私の股間を割って入ってくる。私はそのままベッドに押し倒された。

「麻衣は降ろす。もう森プロと話しもついた。病気の為降板ってことになる」

 何度かの行為が終わってようやく落ち着いたのか、小泉の口から公演の話が出た。

「代わりは誰。大急ぎで台詞入れないと」

「仁美は賢いな。そういうところが好きだ」

 微笑みの中に欺瞞の影が浮かんでいる。つまり私のオトタチバナはないのだ。

「森プロから安西めぐみを引っ張り出したよ。グッズ類の損失は全額森プロ持ちになったし、安西なら麻衣より客の入りもよくなるだろう」

 機嫌の直った小泉が帰ったあと、ゴミ箱に捨てられたコンドームをティッシュでくるんで捨て直す。彼には帰る家庭がある。奥さんも、小学生になる子どももいるのだ。

 シャワーを浴びると自然と涙がこぼれた。それでも明日になれば私は平気な顔で安西めぐみに台詞や芝居を教えているのだろう。

作品種類
作詞修了作品コンクール
公募受賞作品
修了制作 最優秀賞受賞作品
作品ジャンル
作詞
ノンフィクション
小説
エッセイ
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