受講生の作品
受講生の作品
この作品は、心斎橋大学のラジオドラマコンクールで選出され、2019年6月14日(金)ラジオ大阪にて放送されました。作品募集においての設定は、こちらをご確認下さい。
【登場人物】
倉嶋翔平(20)主人公。大学建築科2回生
岡村(20)翔平の友人。同じく大学建築科2回生
佐伯(さえき)松子(まつこ)(88)一人暮らしの老婆
倉嶋正彦(50)翔平の父、薬剤師。自宅で薬局を開いている
佐伯(さえき)高志(たかし)(60)松子の息子
老婆(80ぐらい)
町会長(70ぐらい)
テレビのアナウンサー
駅員
SE 玄関のインターフォンの音
翔平N「俺は倉嶋翔平、大学の建築学科の2回生だ。『高齢者と家』というテーマで、親友の岡ちゃんとレポートを書くことになった」
老婆「(インターフォンから)はい」
SE 引き戸が開く音
翔平N「俺たちは、築五十年ぐらいの家が並ぶ古い住宅街で、アンケートを取ることにした」
岡村「こんにちは、あのう、階段や風呂場に手すりなどを、付けられていますか」
老婆「ええ、この頃足が弱ったんでね」
岡村「台所の使い勝手は、いかがですか?」
老婆「去年、リフォームしたところなのよ」
翔平「ご協力ありがとうございました」
SE 門扉が閉まる音 雷が鳴る
翔平「雲行きがあやしいな、岡ちゃん急ごう」
翔平N「十軒目は佐伯(さえき)松子(まつこ)さんの家だった。松子さんは小柄な人で、杖(つえ)を付いていた」
岡村「ご自宅で、お困りな事はありますか」
松子「古いけどうちはこの家で満足してます」
SE 雷鳴、激しい雨の音
岡村「ヒャー 急に来たな」
翔平「こりゃ、参ったな」
松子「あんた達、濡れたら風邪引くわ。入りなさい」
SE 玄関の引き戸が閉まる音
翔平「ふ~ 助かった」
SE 天井から床(ゆか)に雨水が落ちる音
松子「ごめん、向こうの風呂場からバケツと洗面器持って来て、早く、そこに!」
翔平、岡村「(戸惑いながら)はい」
SE バタバタとした足音 洗面器にポタポタ雨水が落ちる音
松子「良かったわ、あんたらがいてくれて」
翔平N「松子さんの家の床(ゆか)や畳は、雨水で濡れていく」
岡村「あのう、雨漏り直さないと……」
翔平「漏電して火事になったり、危険ですよ」
松子「ええねん、うちは、もうすぐお迎えがくるから、この家と一緒にこのままでええ」
岡村「いや~ まずいですよ、修理しないと」
松子「肝心のモノがないから、仕方ないわ~」
岡村「あのう、ご家族は?」
翔平「岡ちゃん、個人情報は聞いたらダメや」
松子「かまへん、かまへん。近所の人もうちが五年前に詐欺にひっかかって、スッカラカンになったいうことは、皆知ってるから」
SE 水滴がゆっくり落ちる音
松子「もう、いややわぁ~ 二人とも深刻な顔せんといて、大丈夫やて」
翔平「僕らに何か出来ることありますか?」
松子「嘘でもそう言うてくれたらうれしいわ。この家、死んだうちの人とローンを組んで一生懸命建てた家やねん。うちは、この家にこうして居(い)るだけで、し、あ、わ、せ」
翔平М「ひとり暮らしの松子さんは、憂いもなく晴れやかに笑った」
SE 水滴がさらにゆっくり落ちる音
岡村「この大黒柱太くて、立派ですね」
翔平「あっ、高志(たかし)、十歳ってあります、ほら」
松子「それ、一人息子の高志の背丈を計った時の印(しるし)やわ。と、言うても、高志はもう六十になるねん。うちは今年で米寿や。あっという間(ま)にお婆さん……」
岡村「それって、浦島太郎が玉手箱を開けると、白い煙がもくもく出て年老(としお)いた、みたいにですか?」
松子「そうそう、人生はあっいう間(ま)や(笑う)」
翔平М「十畳ほどの和室には、大きな仏壇や亡くなった家族の写真が並んでいた。この家の中には、松子さんの思い出と愛情が溢れている」
SE バケツの水で雑巾を洗う音
翔平N「岡ちゃんと俺は、水浸しの床(ゆか)や畳を雑巾で拭いて、松子さんの家を出た」
SE 雨戸をたたく風の音
翔平N「それから数日が経(た)った」
テレビのアナウンサー「三十六年ぶりの強い台風が、深夜零時頃、大阪に上陸します」
正彦「こりゃ、大変や、雨具(あまぐ)、雨具」
翔平「父さん、出掛けるの?」
正彦「ああ、お得意さんに薬を届けにな、頭痛薬が欲しいらしい」
翔平N「わが家は、父と母とで薬局を営んでいる」
正彦「雨風(あめかぜ)の強い日は、杖(つえ)をついているお客さんは外出できないからな。こんな時は、地域に密着した店(みせ)の出番なんだ。-よし、行くとするか」
SE 引き戸を開閉する音 風雨の音
翔平М「俺は、松子さんのことが気になった」
SE 電話の呼び出し音
翔平「もしもし岡ちゃん、大丈夫かな、松子さん」
岡村の声「翔平も気にしてたんだ。けど、松子さんの家の電話番号もわからないし」
翔平「近くに去年、氾濫した川もあったよな」
岡村の声「誰かが、避難させてくれるだろう、たぶん」
翔平「電車で三十分ぐらいなんだけどなぁ」
岡村の声「俺の処(ところ)からは三駅だ」
翔平М「俺も岡ちゃんも、一度訪ねただけの松子さんをどうすることも出来ない。誰かが、誰かが、と言いつつ電話を切った」
SE 風雨が激しく、雨戸を叩く音
翔平М「あーあ、何をしても集中できない…… -よし、雨具(あまぐ)だ!」
SE 風雨の音
駅のアナウンス「本日、台風接近中のため、電車のダイヤは大幅に乱れております」
SE 車が雨水を飛ばす音
翔平N「やっとたどり着いた松子さんの家には、灯(あか)りがついていた」
SE 強い雨風の音に交じり、家から笑い声がする
翔平「あれ?」
SE 玄関のインターフォンの音 玄関の引き戸が開く音
岡村「翔平じゃないか!」
翔平「岡ちゃん! やっぱり俺の友達だ」
岡村「おい、雨具びしょびしょで近付くなって、あーあ、また濡れた(笑い)」
翔平「あっ、ごめん」
松子「タオル、タオルこれ使こうて。それにしても、二人ともうちを心配して来てくれたやなぁ。ありがたいことやわ、ホンマに(グズン)」
翔平N「松子さんは近所の人と岡ちゃんの説得で、公民館に避難することになっていた」
SE さらに激しい暴雨風の音
翔平N「公民館では、松子さんを送って来た俺たちも、温かく迎えられた」
SE 様々な声がコラージュして(「心配してたのよ」「良かったわ」他)
町会長「ああ、ついに電車も止まった」
翔平、岡村「(驚き)えー」
松子「町会長さん、えらいことですな」
町会長「そうや、君達も今夜はここに泊まりなさい」
松子「そやな、皆でここに居たら心強いわ」
翔平М「台風が来て大変なのに、松子さんの声は弾み、なんだか楽しそうだった」
SE 朝、鳥のさえずり
岡村「松子さん、僕ら家の掃除手伝います」
松子「もうこれ以上甘えたらアカン。あんたらは大学に行って、ええ家を作る勉強やろ」
翔平、岡村「はぁ~」
翔平N「俺らは、松子さんの家が心配だったので送って行った。すると、家の前に男の人が立っていた」
高志「お母ちゃん!」
松子「高志!」
翔平М「音信不通だった息子さんが、松子さんを心配して来ていた」
SE 都会の雑踏
翔平N「俺たちはその足で大学へと向かった」
翔平「岡ちゃん、俺、判ったよ。家は、そこに住んでいる人の人生というか、魂が詰まっているんだって」
岡村「俺、設計のことばかり考えていたよ」
翔平「今回のことで住む人を幸せにする、暖かく憩える家を作りたくなったよ」
岡村「あっ、それ、俺も同じ、言いたかったことだ」
翔平「俺達、建築家として一歩踏み出したかもな」
岡村「ああ、まだまだ先は長いけどな」
翔平「俺、岡ちゃんとなら、やれそうだよ」
岡村「何だそれ、愛の告白かよ~」
翔平「バカか~ なんでそうなるンだ」
翔平、岡村「(笑い声)」
M 終わり
了