受講生の作品
受講生の作品
お昼時のオフィス街。一角に、折りたたみ机とパラソルが設置される。臨時の弁当屋、K亭が開店する。
正午になると、二十人ほどの行列ができる。待ち時間に昼休みを削られるのが嫌いな私は、仕事を調整し、ピークが収まる十二時十五分頃に向かう。
三百五十円の丼には、白菜など野菜たっぷりの八宝菜丼、私には辛すぎた麻婆丼、ふわふわ卵と唐揚げの丼などがあった。弁当は四百円から六百円だ。エビやかぼちゃの天ぷら、卵焼き、葉物野菜のおひたし、切り干し大根、ひじき、鮭など、おかずの種類が豊富なのが魅力だ。その日の体調と相談し、身体が欲するものを直観的に選んでいた。木曜限定の、豚の角煮が目当ての客もいただろう。
K亭を好んだもう一つの理由は、別売りの豚汁だ。肉、ネギ、玉ねぎ、人参が摂れ、味噌は腸を整えてくれる。夏は塩分補給にうってつけだし、冬は温まる。食への投資は毎日の肉体労働に耐える体への投資と考え、ありがたく五十円をプラスしていた。
けれどそれも、私が少食で、弁当一つが昼食二回分になり、食費が安いためにできることかもしれない。半分は容器に移して職場の冷蔵庫に保存し、翌日に食べていた。
そんな訳で、K亭の利用は週二回ほどだったが、店員の一人に顔を覚えられた。二、三人いる中でもいつも見かける、常に左端に立つ方だった。もっとも、女性客が少数派で、その上ほぼ毎回豚汁を買うとなると、印象に残りやすかったのかもしれない。
親しみが沸いた私は、弁当を選んでから立ち去るまでの一分もない流れに、一言つけ加えるようになった。「今日は魚の気分」「角煮が美味しかった」「新米が始まったんですね」等々。たわいもない内容だが、八時間の仕事の中に挟む外部との交流は、涼やかな風が体に吹き込むようだった。
ある日、豚汁が売り切れだった。珍しいと驚きつつも、詫びに対してとっさに、「とんでもない。売れ残るより全然いいです」
と返した。店員はぐっと詰まったような、少し安心したかのような表情を浮かべた。希望するメニューの提供が当たり前という風潮は、店側に負担をかけているのではないか、そんなことを思った。
K亭は屋外だが、よほどの悪天候でない限り、開店していた。命の危険を感じるほどの酷暑には、首に冷却リングを巻いて。体の芯まで冷え切りそうな極寒には、ダウンコートに指先が空いた手袋で。
弁当を運ぶ、長辺が七十センチ程の空のケースが転がされてしまうような、強風の日も。傘をさして数分外出しただけで、膝からスニーカーまで、色がはっきり変わるほど濡れる、強雨の日も。この時は、
「こんな中来て下さってありがとうございます」
と礼を言われた。何しろ雨がすさまじく、無難な一言を発して早々に退散してしまったが、心にあったのは(こっちの台詞です)という感謝だった。こちらはせいぜい五分、店は一時間以上なのだから。
二〇二四年の半ば頃、年末での退職を決断した。その日が近づくにつれ、挨拶回り先を考えるようになった。K亭、中でも顔を覚えてくれたあの方が思い浮かんだ。豚汁の売り切れの一件の後は「まだありますよ」と気遣ってくれるようになっていた。
最終出勤日の十二月二十七日。より遅く、十二時二十分頃に向かった。狙い通り、客はほとんど現れない。一番のお気に入りの、醤油で煮た牛肉入りの弁当と、豚汁を選んだ。
いつも通り、熟練の技ですばやく袋に詰め、手を入れやすいよう、持ち手をねじって、
「ありがとうございます」
と差し出してくれた。
受け取り、一呼吸置いてから、告げた。
「今日で最後なんです」
「あ、そうなんです、今日で最後で……え?」
営業が年内最終かどうかを尋ねられたように聞こえたが違うらしい、と察した風だった。私は手を自分に向け、続けた。
「私が……。雨の日も風の日も、ありがとうございました」
「残念です……」
その顔を見て気持ちが混乱したからか、その後の何往復かの会話はおぼろげだ。
お互いに感情を落ち着けたところで、その場を後にした。道の反対側へ渡ると、背中に声が飛んできた。
「また来てくださいねーー!」
思いもかけぬひと押しに、まぶたが少し湿った。振り返り、空いている方の腕を上げ、可能な限り大きく左右に振った。
私は照れ屋だ。再び顔を合わせる機会があれば、きっとおどけてしまうだろう。
「また来ちゃいました!」