受講生の作品
受講生の作品
徳之進は戦で敵に切られ、絶命した。
同じように倒れた者たちが魂となった姿で、天から射す光の中を次々と昇って逝く。
――ああして、あの世へ逝くのか。
しかし、そう思い天を見上げる徳之進に、光が射すことはなかった。以来、徳之進は薄い影の身となり、現世を彷徨うことになった。
徳之進には、現世の全てが見え聞こえる。
なのに誰も目の前の徳之進に気づかず、語り合うこともできない。苦痛でしかない日々。
毎日のように天への光を見るが、誰も徳之進を共に連れて逝ってはくれなかった。
――あの世へ逝きたい。送ってほしい。
手当たり次第、現世を生きる者にも伝えようとしたが、全て『金縛り』とよばれた。
時折徳之進の姿が見える者に会っても、叫び声と共に瞬時に逃げ去られる。
そうして時は流れ、景色は変わりに変わった。何百年と経ち、人々の生活に関わる全てが、徳之進の生きていた頃には考え及ばないものになっていった。
現世の者でない徳之進の体は、全ての物をすり抜け、暑さ寒さを感じない。行き交う者みなが厚い衣姿なので、今は冬なのだと思う。
とある部屋にふらりと入り込んだ徳之進は、ぐるりと見渡し、深くため息をついた。
「なんだ、この有り様は……」
真っ暗な部屋は火の気もなく、足の踏み場もないほど荒れている。
「おじさん、ママはいません」
徳之進は幼い声に、ぎくりとした。振り向くと、薄汚れた姿の女児が、眠そうな目で立っていた。歳は五つぐらいだろうか、肩までの髪が絡まり乱れている。
「お主、拙者がわかるのか?」
「おじさんも、かみのけ ばさばさね」
女児は力なく笑うとすぐ、「ごめんなさい」と謝り、体を固くした。
「何故謝るのだ」
「ママのおともだちの おじさんたちは、みんな わたしがなにかいったら おこるから」
「何故、怒るのだ」
「わからない」
女児は、困ったようにうつむいた。
徳之進は腕を組み、じっと女児を見る。
――やせ細り、現世を生きる者なのに、ゆらゆらと立ち、まるで……。
「お主、食事は、ご飯は食べておるのか?」
女児は、ゆっくりと首をふった。
「母は、ママはどこにおる?」
「もう ずっと おしごとなの。ときどきしか かえれないって」
話す女児の息が、白く広がった。「寒いのか」と訊ねると、女児は「だいじょうぶ」と微かに震えた。この子に何か暖かい上着をかけてやりたくても、何処からか食べ物を持ってきてやりたくても、物に触れられない徳之進には到底無理なことだった。
徳之進は目線が女児と合うようにしゃがみ込み、「すまぬ」と呟いた。
「おじさんは、おこらずに おはなししてくれて うれしい」
女児は、安心したように微笑む。その様子を見て徳之進は、語り合うことが唯一、この子に己がしてやれることだと感じた。
そこで徳之進は、(徳之進の時間軸で)最近見聞きし覚えたことを思い出しながら、女児との会話を試みる。
「時にお主、拙者の姿を何とも思わぬか?」
「……」
「この衣を見て、不思議な恰好だなあとか」
「……」
「そうじゃ、テレビの時代劇で知っておるか」
「テレビ? あるけど、ずっと つかないの」
「おおそうじゃ、最近はテレビではなく、携帯電話とやらでユーチューブをみるのだな」
「けいたいでんわは、ママのだから……」
――この子を楽しませてやりたい。そう思い語り続ける徳之進であったが、己が楽しんでいることに、はたと気づいた。――人と語り合ったのは何百年ぶりのことか。
急に黙ってしまった徳之進を見て、女児は空腹で話せなくなったと思ったようだ。
「おみずしか ないけど、まってね」
女児は、暗い部屋で過ごす事に慣れているのか、よたよたと足元のごみを踏みつけながら、小さなキッチンへ向かう。流しに置きっぱなしのコップを手に取り、背伸びをして蛇口をひねるが、水は一滴も出てこなかった。
女児は徳之進の方を振り向くと、ふうわりと倒れていった。徳之進は「あっ」と声を上げ駆け寄るが、どうすることもできない。
不意に、一筋の光が差し、女児を包んだ。倒れた体から、魂となった姿が立ち上がる。
「おじさん……」
女児は不安気に、徳之進を見つめた。
「拙者も連れて逝ってはくれぬか」
満面の笑みで差し出した女児の手を、徳之進はしっかりと握った。