受講生の作品

作品集「炎心」コンクール 2022年度 エッセイ・ノンフィクション部門 優秀賞受賞

中条 歩 さん
創作・小説コース
36期生(2022年度)
性別:女性

りんかちゃん

 小学6年になって1か月。クラスメイトと登校していると、水色のランドセルを背負った女の子が駆け寄ってきた。私の手を握る。
「お姉ちゃん、いっしょに学校行こう」
 みつあみをして、くりくりした目。クラスメイトが「かわいい」と言い、私も感じた。
 名前はりんかと言った。りんかちゃんは1年生だった。りんかちゃんと接点があるように思えなかったけれど、手を握って一緒に登校した。
 登校してから、クラスメイトに言われた。
「なんでりんかちゃんと話してあげないの。りんかちゃん、かわいそうじゃん」
 私は極度の人見知りだった。場面緘黙(かんもく)だったと今では思う。家で話せても、外に出ると「はい」か「いいえ」で答えるような、最低限の会話しかできなかった。自分から名前や学年を聞くことなんて不可能で、りんかちゃんの名前も、1年と言うこともクラスメイトが話して聞いたことだ。もちろん、かわいそうだと思った。それでもクラスメイトに、「ごめん」しか言えない。
「だめだよね。りんかちゃんがほんとかわいそう」
 と呆れていた。
 6年は1年の給食当番を手伝うことをしていた。担当の1年2組へ向かう。6年は1年に声をかけながら、配膳を手伝っていく。いつも牛乳や箸を配っていた。おかずやごはん係のように、
「ちょっと多すぎるかな」
 などと、話すことが少ないからだ。
 箸を机におくと、
「お姉ちゃん、いつもありがとう!」
 と言う声がした。りんかちゃんだった。びっくりした。りんかちゃんとの接点はないと思っていた。手を握ってくれるりんかちゃんがかわいくてたまらない。それでも話すことが出来なかった。
 りんかちゃんにかわいそうなことをしている。クラスメイトの呆れた顔を思い出す。思ったことを口にできない。だから嫌われても仕方がない。りんかちゃんも、すぐに関わらなくなるだろうと思っていた。
 でも、りんかちゃんは登校中や学校で会うと手を握ってくれた。りんかちゃんは知らない人にまで声をかけるくらい社交的だった。みんながりんかちゃんを知っていて、りんかちゃんの周りはいつも明るかった。
 クラスメイトはまた叱責した。
「りんかちゃんに、なんで話してあげないの。しゃべらない人の手とか握ってかわいそう」
 私も不思議だった。どうしてりんかちゃんは私の手を握るのだろう。クラスメイトのほうが、りんかちゃんとたくさん話しているのに。話せたらその不思議について、すんなり聞くことが出来るのだろうか。黙っているとクラスメイトは、また呆れる。
 それからは、りんかちゃんのいる前でも「ちゃんと話しなよ」と言われるようになった。話せない。話そうとすると首を絞められたみたいに息が苦しくなる。りんかちゃんは、握っている手をもっと強く握ってくれた。
 卒業前、「卒業生を送る会」が開かれた。私たち卒業生が1列に横に並ぶ。在校生が卒業生のところへ向かい、じゃんけんをして、サインを交換するゲームがあった。
 ゲームがスタートし周りの生徒のところは長蛇の列ができる。人垣から抜けてきたのは、りんかちゃんだった。真っ先に決めていたように走ってくる。手を握って、じゃんけんをして、サインを交換する。りんかちゃんに最大の笑顔を見せた。話せなくても、にこにこすること。これが6年間でできるようになったことだった。
 中学生になった。一年の二学期、声を出して笑うと、友人が受け入れてくれた。あのとき叱責したクラスメイトではない。それをきっかけに、少しずつ話すことが出来るようになった。思ったことを話し、文章を書くことで、言葉で表現することが好きになった。
 小学校と中学校は道路を挟んで、目と鼻の先だった。小学校側の信号で待っていると、横断歩道の向かいに水色のランドセルが揺れているのが分かった。信号が青に変わる。りんかちゃんが、同じ背丈の子たちと「よーいどん」といい、笑いながらこちらへ走ってくる。
「おねえちゃーん!ばいばーい!」
 りんかちゃんが手を振る。
「どうして私に声をかけるのか」
 すんなり話せたら聞いてみたかったこと。話せるようになったら、そんなこと聞かなくていいと思った。りんかちゃんへ、感謝の気持ちを伝えたかった。
「りんかちゃーん、ありがとう!」
 大きい声が出た。すれ違う。りんかちゃんは手を広げる。私も。
 ハイタッチをした。

【選 評】

  • ラストに、下手な理由がなく、ただ感謝があったのが良かったですね。ほっと気持ちが柔らかくなりました。

 

  • りんかちゃんの描写と、彼女に対する子ども時代の筆者の心情がとても良く表現されています。中学になり、ようやく話せるようになった時に、りんかちゃんに聞きたいと思っていたことを、もう聞かなくていいと思えた、というエピソードが素敵です。

 

  • 主人公の感情の変化がよく伝わった。りんかちゃんのキャラクターが良い。優しいが鬱々とした世界から、ラストのハイタッチの高揚感が心地よい。

 

作品種類
心斎橋大学ラジオシアター放送作
作品集「炎心」コンクール受賞作
作詞修了作品コンクール
公募受賞作品
修了制作 最優秀賞受賞作品
作品ジャンル
作詞
脚本(ラジオ)
ノンフィクション
小説
エッセイ
  • 心斎橋大学の一年
  • 受講生の作品

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